日本政治を占う No.2「日本を亡ぼす憲法9条」

 

日本を亡ぼす憲法9条

戦後日本が平和を維持することができたのは憲法9条のおかげだという主張は、今でもよく耳にします。
確かに憲法9条によって日本が戦争を仕掛けることはできなくなりましたが、同時に仕掛けられた戦争を防ぐこともできなくなりました。
日本が戦争を仕掛けられることがなかったのは、憲法9条ではなく日米同盟のおかげです。
アメリカという世界一の強国の傘下にいますから、日本を攻撃すればアメリカが反撃してくるということは
小さな子供でも分かる理屈です。
しかし昨今、日米同盟に頼っているだけでは十分とは言えなくなりました。
その理由は、言うまでもないことですが中国の台頭です。
中国は今後も軍事力を拡大し続け、近い将来はアメリカを超えるという見方もあります。
多くの専門家が米中戦争の可能性を示唆しており、現実的なシナリオとしては台湾有事や尖閣有事などが挙げられています。
つまり米中戦争は、日本の周辺で勃発する可能性が高いのです。
そうした危機に対処するためには防衛力を高める以外ありませんが、日本は憲法9条により自国を守ることができなくなっています。
どれだけ防衛予算を増やしても、自衛隊員を増やしても、装備を充実させても、憲法9条を廃止しない限りは
危機を回避することができないでしょう。
しかし今の日本において、憲法9条を廃止することは絶望的だと言わざるを得ません。

国家滅亡の危機とは

国家の滅亡とは、具体的にいえば現在のチベット自治区、新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区のように、中国からの弾圧を受ける状況に陥るということです。
これらの地域に住む少数民族は、言葉や文化を奪われています。
中国政府は、少数民族に対して中国語の学習を強制し、イスラム教や仏教の信仰者を次々と強制収容所に送り込んでいます。
香港でも、2020年6月に香港国家安全維持法が施行されたことにより、民主活動家に対する弾圧が一層激しくなりました。
次のターゲットは台湾です。
中国(中華人民共和国)政府は従来から、台湾は中国の一部であるという、いわゆる「一つの中国」を主張しています。
国共内戦で中国共産党に敗れた蔣介石率いる中国国民党が台湾に移った後も、これまでに幾度となく軍事的緊張が高まりました。
1995年、江沢民は台湾の民主的選挙を妨害しようと、台湾近海にミサイルを打ち込みました。
そのときはアメリカが空母「ニミッツ」と「インディペンデンス」を派遣し、事態を収拾しました。
軍事力の圧倒的な差を見せつけられた中国は撤退を余儀なくされました。
中国はそのときの恨みを晴らすべく軍事力拡大に邁進し、以来20数年にわたって国防費を大幅に増やしてきました。
もちろん台湾統一の旗は降ろしていません。
近年、大国となった中国の動きは活発化し、中国船による台湾領海侵犯は頻度を増しています。
2021年7月1日、中国共産党創立100年の記念式典で習近平は台湾統一への意欲を改めて表明しました。
日本にとっても台湾問題は他人事ではありません。
中国が尖閣諸島の領有権を主張するのは、尖閣諸島を台湾の一部だと見なしているからです。
ですから台湾有事は尖閣有事でもあるのです。

中国の野望

中国は、1949年の建国から100年後となる2049年に世界の帝国になることを目指しています。
その目標を達成するために、まさに「国家百年の計」といえるくらいの長期的な戦略を立てて着実に実行しています。
1980年代、海軍司令官の劉華清は列島線による戦略を提唱しました。まず2010年までに第一列島線とよばれる沖縄から台湾、フィリピンより西を支配し、次に2020年までに第二列島線とよばれる小笠原からグアム、ニューギニアより西を支配するという計画でした。
中国には、過去に中国に朝貢を行っていた国は全て中国の領土であるという失地回復主義という思想があります。
第一列島線より西側は中国の領土であり、琉球(沖縄)も日本に奪われたという認識です。
2010年の第一列島線も、2020年の第二列島線も今の段階では目標を達成していませんが、着実に目標には近づいています。
このような中国の動きに対して主にリベラル派は、軍事力ではなく話し合いによって解決すべきと主張しますが、そのような期待は幻想です。
第26代アメリカ大統領のセオドア・ルーズベルトは、外交政策の基本を「大きな棍棒を持って、穏やかに話せ」としていました。
外交は軍事力であることを証明した良い例がフィリピンです。
南沙諸島のミスチーフ礁は、以前はフィリピンが実効支配していましたが、それを可能としていたのは米軍基地があったからです。
しかしフィリピンも今の日本と同じように国民の間で米軍基地撤退の声が高まり、ついに1991年に米軍がクラーク海軍基地とスービック海軍基地から撤退しました。
するとその後中国は、岩礁を占拠して建造物を構築し、実効支配の既成事実を作りました。
力がなければ、攻められるのです。
米軍が撤退すれば、尖閣でも同じことが起こるでしょう。

米中戦争、台湾・尖閣有事の可能性

中国は2030年までにGDPや軍事費で米国を抜くといわれています。
それによって今後10年以内に米中戦争が起こる可能性は高くなるといわれています。
アメリカの政治学者グレアム・アリソンは、著書「米中戦争前夜」の中で、新興国の台頭が覇権国を脅かして生じた構造的ストレスをトゥキュディデスの罠を名付け、過去500年で新旧大国が衝突した16の事例を分析したところ、戦争に至る確率は75%と述べました。
「米中もし戦わば」の著者ピーター・ナバロや「米中海戦はもう始まっている」の著者マイケル・ファベイなど、米中戦争を予測している専門家は他にもたくさんいます。
米中が衝突した場合、当然日本も無関係ではいられません。
それどころか、日本が一番被害を受ける可能性が高いといえます。
どのようにして米中戦争が起こるのかを想定した場合、いきなりお互いが本土を攻撃し合うというのは現実的ではなく、台湾有事や尖閣有事として始まる可能性が高いのではないでしょうか。
2021年4月にアメリカ太平洋軍司令官に就任したジョン・アキリーノは「中国による台湾侵攻は、多くの人が考えているよりもはるかに切迫している。」と警鐘を鳴らした上で、「尖閣諸島の状況を見れば、日本も懸念を持っているはずだ。」と言って、日本に対して防衛力の強化を求めています。

日米同盟に依存するだけではいけない

日本にとって日米同盟は安全保障の要になっていますが、それだけに頼るという考えは改める必要があります。
アメリカ大統領ジョー・バイデンは大統領に就任後、尖閣が日米安保条約第5条の適用と述べました。
2014年にバラク・オバマが大統領として初めて発言して以来、恒例になったかのように、日本の政府やメディアは大統領が交代する度にこの発言を引き出しては喜んでいました。
日米安全保障条約第5条は、日米共通の危険に対処するように行動することを宣言した内容です。
中国が尖閣を侵攻した場合、米軍が前方展開し中国軍を撃退するというような、日本にとって都合の良いシナリオは通じない可能性があります。
このような前方展開の戦略では、中国が対艦弾道ミサイルを開発し、アメリカ空母への攻撃能力を高めているために、米軍への被害が大きくなる可能性があるという専門家の見方があります。
そうなると米軍は、初期に尖閣を防衛せずグアムかハワイ辺りまで下がり、長距離兵器により中国の軍艦を攻撃するというような戦略をとるかもしれません。
もっと言えば、尖閣有事では中国がアメリカに対して優位だという見方もありますから、中国軍が尖閣へ上陸したとしても、米軍は中国に警告を発するだけで、そもそも衝突は避けるかもしれません。
こうした戦略も、日米安保条約第5条に反しているとは言えないでしょう。
アメリカの尖閣への介入に影響を及ぼす要因は、こうした軍事力のバランスだけではありません。
アメリカは財政問題を抱えているので、軍事費の増大を国民は望まないかもしれません。
オバマ政権で削減した軍事費をトランプ政権では増額に転じました。
バイデン政権も今のところ縮小してはいませんが、いずれ再び縮小する可能性もないとは言えません。
そのとき在日米軍基地は、当然ターゲットになるでしょう。
未来永劫アメリカが、日本を守り続けるとは限らないと認識しておくべきです。
ですから長期的な戦略として、日本は独自に防衛力を高めていく必要があるといえます。
しかし現実として、これができない仕組みになっています。
日本国憲法ができないようにしているからです。

日本国憲法の本質は、日本を守れないこと

現行憲法が日本を守れない理由は、そもそもそれが日本国憲法の本質であり、そのように作られたからです。
戦後、アメリカは日本が二度と抵抗できないように、軍事力を無力化することが必要でした。
それはポツダム宣言に書かれている通りです。
第7条「第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。」
第11条「日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。」
第7条で戦争能力の放棄が宣言され、第11条で占領解除後における再軍備を否定されています。
そしてアメリカはポツダム宣言の内容を履行するために、さらに占領解除後もその効力を及ぼすためには憲法改正が必要と判断したのでしょう。
アメリカは当初から憲法改正を示唆しました。
1945年10月11日、首相の幣原喜重郎はマッカーサーから憲法改正を示唆されます。
しかしアメリカ側は、建前としては日本が自主的に行うことが望ましいと考えていました。
マッカーサーは幣原に五原則を提示しましたが、そこには非武装化について書かれていませんでした。
これを受けて松本委員会が設置され、憲法改正案の作成に着手しました。
1946年2月8日に日本が提出した松本案には、非武装化は盛りまれていませんでした。
当時他の政党も憲法改正案を作成していますが、いずれも非武装化を盛り込んだ改正案はありませんでした。
マッカーサーは、松本案を否定し、代わりにマッカーサー草案を提示しました。
そこに初めて非武装化が書かれていました。
2月22日、日本政府はマッカーサー草案を受け入れ、その後これに沿った新しい憲法草案の作成に取り掛かりました。
3月6日、日本政府は憲法改正案要綱(憲法草案)を発表しました。
草案はその後の国会で可決することになりますが、このとき当時の主要政治家はすでに公職追放されていました。
現在のロシアや香港のように民主主義を装った選挙でした。
以上のように、非武装化については日本の自主的な意思ではなく、アメリカの強制で盛り込まれたのです。
こうしてアメリカはポツダム宣言の履行に成功しました。
日本は自国を守ることができない国となりました。

日本の防衛力の弱さ

いかに強力な武器をもっていても、それを使うことができなければ意味がありません。
先に述べたように、日本は憲法9条によって事実上武器を使用することができないようになっています。
このような専守防衛という非現実的な防衛方針を変えない限り、日本の安全は保障されないでしょう。
中国は2021年2月に海警法を施行しました。
同法第20条では、外国等が中国の海域や島嶼に建造物等を設置した場合、中国海警がそれを強制撤去できるとしています。
また中国海警の武器使用を認めています。
中国海警が尖閣諸島に上陸する可能性は確実に高まっているといえます。
警察力しか持たない日本の海上保安庁では到底太刀打ちできず、また自衛隊は防衛出動が発令されない限り手出しできません。
防衛出動は、武力攻撃事態と認定されなければ発令されません。
しかも認定されるためには、専門家による会議を経て閣議決定されなければなりません。
さらに今の日本では「侵略か?」「いや侵略とは言えない」などと言って、直ちに武力攻撃事態とは認めない可能性もあります。
これではいくら強力な武器を持っていても無防備同然です。

9条の廃止だけが唯一の危機回避手段

日本国憲法がこのように、まともな防衛ができないようになっているとしたら、危機を回避する手段として論理的にはこの憲法を廃止し、新たに作り直すしかありません。
少数派ではありますが日本国憲法は無効だという説もあります。
当時の国際法では、敗戦国を占領して法律を作ることは禁止されていました。
GHQの占領政策は、明らかに戦時国際法違反であり、そのような中で作られた憲法は無効であるという主張は論理として説得力があります。
ですが70年以上も運用してきたものを、今更無効だというのは現実的ではありません。
だとすれば、現行憲法の本質である、「アメリカに抵抗できない」つまり「戦力をもたない」というものを、憲法改正の手続きによって、削除することが実質的な意味において自主憲法を制定したともいえるのではないでしょうか。
そもそもサンフランシスコ講和条約を結んだ直後に、日本国憲法を無効にして自主憲法を制定していれば、
今のような異常な国にはならなかったでしょう。
しかし当時の日本では、所詮無理な話だったのかもしれません。
アメリカは、日本が改正した憲法を未来永劫守り続けるように、ある暗示をかけました。
これについては、また別のテーマで取り上げます。

聖典となった日本国憲法

日本国憲法は、施行してから70年以上も経過していますが一度も改正されていません。
自国の憲法を改正したことが無い国というのは、世界的にも珍しいようです。
国立国会図書館と立法考査局憲法課の調べによると、第二次世界大戦後、2016年12月までにアメリカは6回、カナダは17回、フランスは27回、ドイツは60回、イタリアは15回、オーストラリアは5回、中国は9回、韓国は9回の憲法改正を行っているそうです。
自民党は1955年の結党以来憲法改正を党是としていますが、長年第一党でありながらも実現でませんでした。
平成24年、第一次安倍政権下において、ようやく自民党の憲法改正草案が作成されました。
第9条は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」
さらに第9条の2では、国防軍について明記しています。
この憲法改正案は、不適当と指摘されている箇所もありますが、9条2項を削除したことは画期的です。
しかし国防軍という表現の刺激が強すぎたのか、9条2項の見直しまで踏み込んだことへの反発が大きかったからなのか、その後トーンダウンした感があります。
2021年9月29日開票の自民党総裁選で、憲法改正に意欲を示していたのは高市早苗だけでした。
高市は自民党の改正草案を基に議論をすべきと主張していました。
他の候補者は「広く国民の意見を聞きながら」というような当たり障りのない回答にとどまり、無関心さをさらけ出しました。
総裁選は岸田文雄が勝利しその後首相に就任しましたから、改正はさらに遠退いたように思いますが、憲法改正へのハードルは非常に高いので、仮に高市が自民党総裁になっていたとしても困難なことには変わらないでしょう。安倍政権でさえも実現しなかったのですから。
ハードルの高さとは、単に国会議員の3分の2以上、国民投票の過半数といった数字上の条件を言っているのではありません。
2021年10月31日の衆議院選挙で自民党は議席数を減らしましたが、改憲に前向きな日本維新の会が躍進したので、自民、公明、日本維新の会を合わせると3分の2は維持しています。
2022年の参議院選挙で改憲勢力が3分の2以上に届くかどうかが、さしあたって注目されるでしょう。
しかし数字上の条件は超えていても、そう簡単には進まないでしょう。
日本の政党で護憲を掲げているのは社民党だけですが、同党は令和3年11月1日現在で国会議員が2名しかいないので、護憲勢力は事実上ありません。
日本共産党は護憲のフリをしているだけで、実際は天皇制の廃止を望んでおり、本物の護憲ではありません。
護憲勢力がほとんど無いにもかかわらず、改憲に及ばない理由は、野党が自民党政権下では改憲できないという姿勢だからです。
彼らは政権を批判することに存在意義を見いだしているので、改憲を主張するときは自民党が護憲になったときでしょう。
改憲か護憲かに関わらず、政権をとって憲法問題に真剣に取り組むよりも、万年野党として声高に「反対」を叫んでいる方が気楽で心地よいのでしょう。
一方自民党は、このように政権をとる意欲のない野党であることに安堵しているようです。
国民にとって関心のない改憲を主張することで下手に支持率を低下させるよりも、改憲には触れず現状を維持することが優先のようです。
マスコミは、国民に関心の薄い憲法問題を取り上げることはなく、テレビのニュース番組では新型コロナとスポーツ、天気ばかりです。
政治家もマスコミも憲法問題には触れないため、国民はますます無関心になります。
このように、政治家、マスコミ、国民の憲法問題への無関心さが、日本社会全体的に護憲という形をつくり、これが非常にバランスがとれた安定な状態になっているのでしょう。
この日本人に根付いた個人の意識や社会の慣習が、改憲へのハードルの高さだといえます。
そしてこの憲法に無関心な構図は、「護憲」や「平和」といった耳心地のいい言葉を当てはめることで正当化されています。
それによって、改憲について発言することが禁忌とされています。
日本国憲法は改正されないことによって聖典になったのでしょうか。
だとすれば日本は将来、聖典に書かれた平和という空想を思い描きながら悲惨な結末を迎えるでしょう。
まさに憲法守って国亡ぶです。

参考文献
グレアム・アリソン(2017)『米中戦争前夜』(ダイヤモンド社)
マイケル・ファベイ(2018)『米中海戦はもう始まっている』(文藝春秋)
ピーター・ナバロ(2019)『米中もし戦わば』(文春文庫)
衆議院憲法調査会事務局(2000)『日本国憲法の制定過程における各種草案の要点』
国立国会図書館(2017)『諸外国における戦後の憲法改正【第 5 版】』