日本政治を占う No.1「五行説が導く資本主義社会の終焉」

易姓革命

古代中国の思想に「易姓革命」というものがあります。これは五行説から王朝交代を説明する理論です。
徳を失った王朝は天に見限られて天命を革める、すなわち革命が起きるとされていました。
紀元前4~3世紀頃、斉の鄒衍(すうえん)は、万物は土・木・金・火・水という5つの要素からなり、木は土に根を生やし養分を奪い、土は水を吸収し、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属の斧は木を切り倒すというように、ある要素が他の要素を剋す関係にあるという「五行相剋説」を唱えました。
秦の始皇帝は、この五行相剋説を採用して自らの正統性を周知させました。
それぞれの王朝には五行のうち、どれか一つの「徳」が充てられました。
徳を失った王朝は、徳を備えた別の王朝に打ち負かされて、世界は移り変わっていったとされています。
黄帝を土徳として、夏(木)→殷(金)→周(火)→秦(水)という順に移り変わりました。
また土・木・金・火・水にはそれぞれイメージカラーがあり、黄・青・白・赤・黒の色が充てられました。
その後、五行相克説に代わって劉歆(りゅうきん)が唱えた五行相生説が採用されるようになりました。
五行相生説とは、木が燃えて火を生み、火は万物を燃やし灰に変え土の養分となる。土は金を埋蔵し、金(金属)は冷えると水滴がつき、水は木を育てるという具合に相手を強める、もしくは生むというような関係です。王朝は夏(金)→殷(水)→周(木)という順に移り変わったとされました。
周の次に天下を取った秦は短命に終わったために正統な王朝とは見なされませんでした。
前漢の次に新を立てた王莽(おうもう)は、前の王朝を打ち倒したのではなく、譲られた(禅譲)のであって、自らは漢王朝の火徳を継ぐ土徳であると宣言したそうです。
しかし新は短命に終わったため、次に後漢を建てた(漢を復活させた)光武帝は新を正統な王朝とは認めず、前漢と後漢を併せて火徳としました。このように五行相生説は後漢の時代に広まりました。
漢から禅譲を受けた魏王朝は土徳となり、魏王朝の禅譲を受けた晋は金徳となりました。
その後南北朝時代に華北を統一した鮮卑族の北魏王朝は水徳となり、その後も北周(木)→隋(火)→唐(土)というように移行し、五行相生説は元(金)まで続きます。

秦の滅亡に学ぶ、グローバル化の危機

秦は、水徳が土→木→金→火→水の最後に来るので王朝の永久性を主張したという説もあります。
始皇帝が中華を統一後、不老不死を求めることに邁進したことからも、もっともな主張に思えます。
しかし思惑通りに進むことはなく、永続は叶いませんでした。
秦は、550年にわたる春秋戦国時代を終わらせ中華を統一したものの、わずか15年で滅亡しました。
春秋戦国時代は、紀元前770年~紀元前403年の春秋時代と、紀元前403年~紀元前221年の戦国時代に分けられます。
春秋時代は、周王朝の力が衰え200以上もの邑(ゆう)と呼ばれる都市国家が乱立するという状態でした。
当時は、諸侯と呼ばれる王朝の一族や地方の有力者たちが邑を支配するという封建制が敷かれていました。
時代が進むと力を持った諸侯は周辺の邑を併合し、領土を拡大していきました。
戦国時代には、韓・魏・趙・秦・斉・燕・楚の戦国七雄と呼ばれる七大国が台頭しました。
この中でとりわけ力を持ったのが秦でした。
秦はそれまでの封建制から「法」による統治をおこなうようになり、信賞必罰を徹底しました。
これまでの諸侯による支配を廃止し、能力の高い者を重要ポストに登用しました。他国の出身者も登用しました。
また貨幣を統一し、経済活動を活発にしました。
こうした大改革の結果、秦は圧倒的な力を持つようになり他の六国を打ち負かし、ついには中華を統一しました。
しかし統治は長く続きませんでした。
その理由はいくつか挙げられていますが、主なものとして急激な体制の変更に旧支配層である諸侯の反感を買ったことや、圧政により民衆の不満が高まったことがあります。
歴史は繰り返すといいますが、現在の資本主義社会も同じ道を歩んでいるように見えます。
近代の先進資本主義国は、戦国時代の七大国が領土を拡大したように、アジア、アフリカ、アメリカ大陸の国々を植民地化し、支配領域を拡大していきました。
また秦が多民族を取り込んだり、貨幣経済を進めたように、人やお金の国境を超えた移動を促しました。
秦は中華を統一して15年で滅亡しました。拡大領域が無くなったときに終焉を迎えたのです。
近年のグローバル化は1970年代にはじまり1991年のソ連崩壊後、一気に加速しました。
しかしグローバル化が進む一方で経済成長は鈍化し、現在も依然として低成長のままです。
グローバル化の拡大領域はもはや無くなったのでしょう。

シュペングラーが予言した「西洋の没落」

五行相剋説にしても五行相生説にしても、時の権力者が都合のいいように解釈したことは否めませんが、これらの思想の重要なところは、社会が循環しているということです。
20世紀初頭、ドイツのオスヴァルト・シュペングラーは、著書「西洋の没落」の中で西洋文化の終焉を予言しました。
彼は、西洋中心的な歴史観が古代→中世→近代というように単線的で進歩主義的であると批判した上で、植物に春夏秋冬の循環があるように、歴史もこの循環の運命から逃れられないと主張しました。
シュペングラーは、この循環の過程を「文化」と「文明」という言葉を用いて西洋の没落を説明しています。
彼によると、文化とは「成ること」であり、「生」であり、「発達」であり、文明とは「成ることに続く成ったもの」であり、「生に続く死」であり、「発達に続く固結」であるとしています。
すなわち文明とは、文化の不可避な運命であり終末であるのです。
また文化の人間はその力を内部に向け、文明の人間は外部に向けると述べています。
彼が西洋の没落を予言したのは、当時、高度経済成長の真っ只中にいたものの、それは外への広がりで
あり、文明の成熟期、すなわち終末を見たからでしょう。

資本主義社会の終焉

資本主義社会は、18世紀後半の産業革命やアメリカ独立戦争、フランス革命などを経て確立しました。
それ以来、科学技術は大幅に進歩し、人口は爆発的に増加し、たくさんの「モノ」が生産され、複雑な金融システムが構築されました。
政治的には共産主義や社会主義との対立もありましたが、1991年にソ連が崩壊すると資本主義が勝利したかのように見えました。
アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは、著書「歴史の終わり」の中で「自由市場経済の最終的な勝利」と言って資本主義の勝利を宣言しました。しかし本当に資本主義は勝利したのでしょうか。
冷戦の終結により、東欧など旧共産圏諸国が西側の資本主義経済体制に入ったことで市場規模は拡大しました。
1995年にはWTO(世界貿易機構)が発足し、世界の貿易量は増加しました。
そのおかげで米国の企業などは、生産や販売などの経済活動が世界で展開できるようになりました。
米国以外の先進諸国においても経済のグローバル化や規制緩和が推し進められるという新自由主義的な政策がとられるようになりました。
しかし近年は、グローバル化や規制緩和の負の側面が目立つようになりました。
先進国の企業は製造拠点を人件費の安い海外に移し、製造コストを低く抑えることが可能になりました。
そのおかげでモノを低価格で供給できるようになりましたが、競争は激化し自国労働者の賃金は低く抑えられるようになりました。
規制緩和は多くのバブルを生み出しました。
米国ではサブプライムローンによる住宅バブルの破裂によって2008年にリーマン・ブラザーズが倒産しました。
その影響は世界に波及して通貨危機や世界同時不況をもたらしました。
資本主義には、投下した資本が剰余価値を生み出し、それを再び資本として投下することでさらに資本が拡大していくという、自己増殖の本能が備わっています。新自由主義は小さな政府や規制緩和、市場原理を柱としており、まさに資本主義がもつ自己増殖の欲望を叶える道具となりました。
また昨今は米中対立が激化し、多くの国や地域では紛争が勃発し、中東ではテロが多発するなど、政治的にも不安定な状況が続いています。
しかし、これらの原因を作ったのも先進諸国であり、その背景には資本主義経済の拡大があります。
米中対立は、中国の台頭を米国が懸念していることが原因ですが、そもそも中国の経済発展を支援したのは米国自身です。
1979年に米国は中華人民共和国と国交を結び、2001年には中国のWTO(世界貿易機関)加盟が認められました。
中国は市場を開放したことによって、急速に経済成長をしました。
米国が対中融和政策に舵を切った理由は、投資家や企業が中国経済の成長を投資機会の拡大と見ていたからでしょう。
アフリカや中東での紛争は、ヨーロッパ諸国の植民地化政策が原因となっています。
これらの地域では、ヨーロッパ諸国間の領土争いによって直線的な国教線が引かれました。
地域の人々は分断され、宗教や民族による対立が生み出される結果となりました。
今日の紛争やイスラム原理主義の台頭も、元をただせば先進国が資本を拡大していく中で生じたことです。
しかし地球の隅々まで踏み荒らした結果、資本を拡大する余地は無くなってしまいました。
今日の世界経済の停滞は、まさに資本が拡大する余地がなくなったからです。
つまり現在の不安定な要因は、資本主義経済の限界を超えた推し進めと表裏一体になっているのです。
フランシス・フクヤマは、民主化した地域を「脱歴史世界」、そうでない地域は歴史にしがみついている「歴史世界」と呼び、この二つの世界は当面は併存し衝突することがあるとしても、社会が進化するにしたがって世界中で民主主義が進むだろうと予測しています。
しかし先進国が経済成長を謳歌することができたのは、投資先としての後進国があったからです。
後進国から富を搾取することで経済成長することができました。
資本主義経済はこうした国の犠牲の上に成り立っていたといえるでしょう。
しかし搾取の対象となる国や地域がなくなった、つまりこれ以上の資本拡大の余地が無くなった今、資本主義社会の終焉が見えてきました。
もちろん日本も資本主義を信奉している限り、同じ道を歩んで行くことになるでしょう。

参考文献
稲田義行(2016)『現代に息づく陰陽五行』(日本実業出版社)
愛宕元、冨谷至(2005)『中国の歴史 上』(株式会社昭和堂)
シュペングラー(訳 村松正俊)(2017)『西洋の没落Ⅰ』(中央公論新社)
フランシス・フクヤマ(訳 渡部昇一)(2020)『歴史の終わり 上』(株式会社三笠書房)
フランシス・フクヤマ(訳 渡部昇一)(2020)『歴史の終わり 下』(株式会社三笠書房)